街角のコミュニケーション日記

世の中コミュニケーションだらけ。

子どもがギャン泣きするバスの車内での出来事

「子どもは泣くのが仕事」とはよく言ったものだ。

子どもは泣く。時と場所を選ばずに泣く。そう、仕事なのだからしょうがない。

けれども、いつまでも泣き止まない子どもを見ると

何がそんなに悲しいの?と思いたくもなる。

日々の暮らしの中で、そんなシーンに出くわすことも度々である。

お腹がすいた? どっか痛い? 抱っこしてほしいの? 

オムツが汚れてるの? おじさんが怖いの?

言葉が話せるくらい大きくなった子どもであれば

コミュニケーションの一つもとれるだろう。

しかし、泣くことでしか自分の置かれた状況や、切なる要求を表現できない小さな子どもには

確かめようもない。それでも、子どもを観察し、ちょっとした手がかりを探り出し

我が子のギャン泣きに何らかの対応を施し、泣き止ませている親御さんには

いつも感心させられるのだ。それは親としての経験値なのか、テレパシーなのか

本能というやつなのかは、子育てをしたことのない私にはよく分からない。

いずれにせよ、かなりのスキルだと思う。

だがそんな能力者のような親御さんにでも、どうにもならない時もある。

どうしても泣き止んでくれない我が子を前に途方にくれてしまうこともある。

先日、外出先で出会った親子もそうだった。。。

 

私は路線バスに乗っていた。週末の夕方である。

自宅近くのバス停から、終点の最寄り駅まで、4つの停留所。通常であれば20分の道のりだ。

その親子は私が乗った次のバス停からの乗客だった。

20代と思しきママがベビーカーを押して車内に乗り込んで来た。

ベビーカーには1歳くらいの可愛らしい女の子が、ちょこんと納まっている。

私は最後部の座席のセンターからその様子を見るともなしに見ていた。

車内の乗客は30人ほどいただろうか、座席はほぼ埋まっている。

ママ座れるかな?と一瞬思ったが、降車口付近に1人掛けの空席を見つけたママは

ベビーカーを座席の脇に、ストッパーで固定させ着席することができた。

私とベビーカーの間の通路には他の乗客も荷物もなく、自然と対峙する形になった。

その距離は3メートルくらいだろうか。

やがてバスは幹線道路に入ったところで渋滞にハマった。

週末の夕方、ある程度予想はしていたが、その日は特にひどかった。

ぜんぜん動かない!歩道の通行人が気持ちよくバスを追い抜いていく。

車内の空気が重くなっていくのがわかる。

誰もがこのどうしようもない状況にイラついていた。

やり場のない怒りは、乗客を無口に変え、車内は静まり返った。

最近のバスは停止時にアイドリングをしないため、静寂が際立つ。

私がバスに乗って30分、バスはまだ半分の道程にあった。

いつもならとっくに着いてるのに!私もイラついていた。

すると車内の静寂に一つの変化が起きた。

ベビーカーの女の子がぐずりだしたのである。

ママは懸命に我が子をあやしていたが、一向に機嫌は良くならない。

機嫌が良くなるどころか、女の子はベビーカーの中で身悶えしながら泣き始めた。

オモチャを渡しても、おやつを食べさせようとしても

泣き止むことはなく、それはギャン泣きとなった。

ママは席を立って抱っこしようとするも

「危ないですから立たないでください」と運転手に制される。

「動いてないんだからいいじゃん!」乗客のみんなが思ったはずだ。

車内の空気はさらに重苦しくなった。子どもの泣き声に支配された乗客たち。

寝たふりを決め込む者、窓の外を眺め現実逃避する者

露骨にイヤホンを取り出す者とそのリアクションは様々だが

明らかに「苦痛」を感じていた。その一部始終を私は見ていた。

(ハイ、私だって「苦痛」を感じていた乗客の1人です。それは認めます)

そして、何よりも理由は分からないけど車内で一番「苦痛」を感じていた(であろう)

女の子を見ていたのだ。

私は半ば投げやりな気持ちでこの女の子に手を振ってみることにした。

すると女の子が一瞬泣き止んだのである。

「えっ、何」って顔をしている。でも女の子はまたすぐに泣き出す。

私はさっきよりちょっと大きく手を振る。するとまた女の子が泣き止む。

そしてまた泣く。それ以降、私の手振りは通用することなく

結局女の子は終点まで泣き続けたのだ。

終点まではほぼ1時間かかった。

女の子は30分間泣き続けたことになる。さぞ、疲れた事だろう。お疲れさまでした。

ママも乗客のみなさんもお疲れさまでした、私も疲れました。。。

 

バスを降りるとき、女の子のママが私に向かって会釈してくれたのには、救われた。

ママの良心に触れた気がして、ちょっとほっこりしたのだ。

別に私のしたことが特別な行為だとは思わないし

感謝してもらうつもりでしたことでもない。ただ、この出来事で感じたのは

昔は子どもが公共の場で泣いていたりすると、必ず「お嬢ちゃん、どうしたの?」とか

「ボク、いい子だねぇ」とか言って、あやしてくれる大人が周りにいたものだが

そういう人がいなくなりつつあるということだ。

他人の子どもと接点を持とうとすることが異常視される時代

だということも理解できるけれど、なんか寂しい。。。

「子どもは泣くのが仕事」

そういえば、最近は聞かなくなった気がする。

それはきっと、泣いている子どもをきちんと受けとめられる社会が

無くなりつつあるからなのかもしれない。


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