街角のコミュニケーション

世の中コミュニケーションだらけ。

ペットのネーミングセンス

最近、動物病院に行く機会が増えた。娘(キャバリア・キングチャールズ・スパニエル12歳)が歳をとるにつれて、やたらと病気がちになったことで、週に一度の通院を余儀なくされている。娘の通う動物病院は毎回混んでいて、予約をしても30分や1時間待ちはざらである。受付を済ませ、待合室で診察の順番を待つ。待合室は、どこかを病んだ動物たちと献身的な飼い主たちでいつも溢れている。診察の順番が巡ってくると看護師に名前を呼ばれて診察室へ通されるのだが、呼ばれるのは動物たちの名前である、しかも飼い主の苗字を伴ったフルネームを大声で呼ばれるのだ。私はこの瞬間が好きだ。ペットにつけられる名前は飼い主のセンスの塊だと思う。そして飼い主たちの愛が込められている。それ自体は人間の子供に対する行為と同じであるが、対象が動物であるが故に多少奇抜な名前になることが間々ある。私は飼い主たちのペットへの愛情と背景を想像し、その一風変わった名前に遭遇することを楽しみにしている。今やペットのネーミングに「ポチ」「たま」のような古典型や、「シロ」「クロ」「ミケ」といったペットの色や模様から成る単純ルックス型は、皆無といっていいだろう。一方「モカ」や「クリーム」のようにネオ・ルックス型、さらには、「小麦」「あんこ」「きなこ」などの和風ルックス型の台頭が目立つようになった。そんな風に、ネーミングのトレンドを分類分けしたりするのもまた面白い。その日も私と娘は動物病院の待合室のソファで、診察の順番を静かに待っていた。待合室には私たちを含めて7,8組の飼い主とペットがいただろうか。その中で、目に留まったのは品の良さそうな老夫婦と、老夫婦がそれぞれに抱きかかえていた老犬の兄弟と思しき二匹のヨークシャテリアであった。老夫婦は時折、愛犬に優しい笑顔を向けて、何やら話しかけていた。それに応えるように愛犬がしっぽを振っている。実に微笑ましい光景だった。愛情と忠実のうえに成り立った飼い主とペットの姿がそこにはあった。長いあいだ、老犬たちがどれほど大切にされ、どれほどの愛情で応えてきたかがよくわかる。ここに来る飼い主とペットのほとんどがそうだと思うのだが、年期の入り方が違う。私はしばらくその微笑ましい光景に見入っていた。やがて看護師の声が待合室に響いた。「田中お兄ちゃん、田中お姉ちゃん、どうぞ」老夫婦は「はい」と返事をすると、愛犬たちとともに診察室へと消えていった。オスだからお兄ちゃん、メスだからお姉ちゃん・・・。私は思わずにやけてしまった。なんてソリッドなネーミングなんだろう。無駄な装飾や曖昧さをまるで感じさせない、実にいいネーミングだと思った。まず間違えようがないし、他人にすぐに覚えてもらえる。機能だけではなく、周囲の人々への配慮すら備えている。三兄弟の長男として育った私も親に「お兄ちゃん」と呼ばれて育ったから親近感も湧く。そして何より平等であることがいい。飼い主として二匹の犬を分け隔てなく愛そうとする心意気を感じる。そんな風にひとしきり感心していると、次のペットの名前が看護師に呼ばれた。「小林おじゃる丸くん、どうぞ」。おじゃる丸・・・。うん、これはこれで決して忘れられない、いいネーミングなんだと思う。わからんけど。