街角のコミュニケーション

世の中コミュニケーションだらけ。

ときどき、想うひと(三)鈴木くん  

お前らもっと真面目にやれや!高校3年の夏、 体育館に怒声が響く。 男子バレーボール部キャプテンの鈴木くんの声だ。 最後の夏の大会を控えた練習中、 私のようにチンタラと気の抜けたプレーをしているチームメイトに 対し容赦なくハッパをかけてくる。 もともと強いチームではなかった。 地区の一部と二部を行ったり来たりしているようなチームであり、 部員一人ひとりの士気もそれほど高くない。そんななか、 鈴木くんは一人気を吐いていた。そして激しく浮いていた。 あの頃、何事もまじめにやるより、 多少ちゃらんぽらんな方がかっこいい、 なんて錯覚していたバカがチームメイトに何人もいたものだから、 キャプテンの苦労もかなりのものだっただろう。 私もバカの中心人物として鈴木くんにはたいへん迷惑をかけていた 。鈴木くんは、とてもまじめな人だった。成績もよく、 普段の生活態度も、部活に打ち込む姿もまじめだった。 私のようなバカの存在にもめげずに、 弱小チームのキャプテンを全うした。 新人戦で二部に落ちたチームは、 最後の大会で見事に一部に返り咲いた。鈴木くんのおかげである。 (と、いまは思える)入れ替え戦に勝ったとき、 鈴木くんだけが号泣している姿をいまでも鮮明に覚えている。 高校を卒業して、 鈴木くんは東京の大学に進学し体育会で活躍しているというウワサ は聞いたことがあったが、それきりであって、 連絡をとることもなかった。鈴木くんとの再会は、それから30年 も経ったお盆休みに開催された学年の同窓会だった。 地元の旅館の宴会の席で、鈴木くんが話しかけてきてくれた。「 お前の扱いにはほんと苦労したよ」。 当時の部活の思い出を一通り振り返ると、 話題はお互いの知らない、それぞれの半生について自然と及んだ。 鈴木くんは最近バツイチとなり、 いまは内縁のヒトと地元でひっそり農家暮らしをおくっていると言 う。前妻との離婚はその内縁との不倫が原因で、 刃傷沙汰一歩手前のかなりの修羅場だったらしい。 田舎でこういうゴシップを起こすと、 とんでもなく生きづらくなる。 どこに行っても好奇の目に晒されて、 近所づきあいができなくなる。それでも田舎にとどまるのは、 先祖代々守ってきたが農地があるからだと鈴木くんは言った。 そのとき私は、不倫はともかく、やっぱりまじめな奴だな、 と思ったものだが、いま思うとこれは鈴木くんの嘘だと思う。50 に近いおっさんが新しい土地で、新しい職を見つけて、 新しい暮らしをはじめることが、 どれほど大変なことかは容易に見当がつく。つまり鈴木くんは、 孤立をしながらも、 いまの居心地の悪い土地で生きていくしかなかったのだ。 鈴木くんがどうしてそれを美談にすり替えたのかは分からない。 自分のしたことに、少しでも意味を求めたのかもしれない。 高校当時のバカな部員に対して、 まじめな印象を貫きたかったのかもしれない。 ほどよく酒がまわったころ、鈴木くんがふとつぶやいた。「おれ、 もうつかれたよ・・・」。これは心の底から出た本音だと思う・・ ・。鈴木くんの訃報が届いたのは同窓会から2年後のことである。 胃がんだった。同窓会のときにはすでに発病していたらしい。 結局のところ、鈴木くんがまじめな人間だったのか、 そうじゃなかったのかは知る由もない。そもそもまじめって、 なんだっけ。ひとつだけ言えるのは、 彼をまじめだと決めつけていたのは、未熟が故の私の幻想で、 鈴木くんはとても弱くて、脆くて、ある意味人間くさい男だった。 あの同窓会の夜、確かにそう感じた。 そういう見立てができるようになったのは、 歳のせいかもしれない。鈴木くん、 お盆の時期になると想うひとである。