街角のコミュニケーション

世の中コミュニケーションだらけ。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという概念は確実に存在するし、かなりめんどくさい

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。ということわざがある。はじめから負の連鎖が確定しているという理不尽な概念だが、こういう概念に囚われて、どうしようもなくなるのが人間なのだと思う。とある記事では「パブロフの犬」を引用して「坊主憎けりゃ〜」を解説していた。条件反射、というわけである。まあ、そうなのだろう。仲間とのコミュニケーションに失敗する→次第に周りとの関係が険悪になる→何気ない行動でもことごとく悪意に受け取られる→ますます周りから疎外される。というものである。ちょっとわかりづらい。コミュニケーションに失敗し、自分が周囲から嫌われたり疎外されたりすることが前提となっている。だが決してそれだけではないと思う。だって、私にはコミュニケーションがなくても、自分が疎外されていなくても絶対的に嫌いな奴はいるし、そいつのやること、なすことのすべてを私の意志で全否定している。いずれにせよ、暮らしていてメンドクサイ。
私は人間に対しての好き嫌いが非常に激しい人間だ。とりわけ職場の人間についてはその傾向が顕著である。というか嫌いな人間がとても多い。普段コミュニケーションをとることは滅多になくても嫌いなやつがゴロゴロしている。いちばん身近にいる嫌いなやつは、私の席の斜め前で私に背中を向ける形で存在している。私がこいつを嫌いな理由を特記することはしないが、一言で言えば仕事ができると「カンチガイ」しているやつ。私が嫌いな人間のすべてに共通する点である。特徴としては、目立ちたがり屋、自己中心的、謙虚さを欠き、やたら声が大きい等がある。誰もがそうだと思うが、嫌いな人間の気配を感じながら生きるストレスは苦痛以外の何ものでもない。
座席のレイアウト上、私とこいつが在席していれば、否応なくこいつが私の視界に入ることになる。精神衛生上、先ずは速やかにこいつを私の視界から消さなければならない。「坊主憎けりゃ〜」論に話しを戻すと、私はこいつの容姿が嫌いである、顔立ち、体型が嫌いだ。そうすると着ている洋服もその配色も嫌いになる。文句のつけどころは山ほどある。ダサい、安っぽい、時代遅れ、センスがない、ビンボー臭い等々。どれも、こいつでなければ、そこまで反応することはないだろう。ただこれら視覚に訴えるファクトへの対処はカンタンで、ただ目をそらせばいい。もしくは近眼の人が焦点をあわせるときにするように、できるだけ目を細め、意図的に視界を狭くする。嫌いなやつを視界から消すと同時に、仕事に集中できる。しかし、聴覚に訴えかけるファクトは厄介である。こいつの会話だ。前述したように、こいつは、目立ちたがり屋で、声がでかく、謙虚さを欠いている。そんなやつの会話である。吐き気がするほど偉そうに物を言う。その声を聞くのがとても苦痛なのだ。殺してやりたいくらいムカつく。声質も、イントネーションも、相槌もみんなムカつく。再び「坊主憎けりゃ〜」論に話しを戻すと、会話だけではない。こいつが発する物音のすべてが嫌いである。お昼に食べる弁当の咀嚼音、こいつが歩くときの靴音、パソコンのキーボードを叩くときの音(勢いよくreturnキーを叩くときの音)が大嫌いである。これら聴覚に訴えかけるファクトもまた、私に苦痛を与えるのだ。もはや言いがかりとも思えるが、嫌いなものはし方がない。これが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というやつなのだ。
私は、これら聴覚への攻撃に対しても早急に対策を講じる必要があった。聴覚攻撃は、視覚のそれに比べて受けるダメージが大きいということに気がついた。「耳にこびりつく」とはこういうことなのだ。嫌なものであればあるほど、後を引くしつこさがある。磨りガラスや黒板に爪を立てたときの音のようだ。私は、家内が友人から誕生日にプレゼントされたワイヤレスイヤホンの存在を思い出した。ピンクのカラーがいかにも女性らしく、50代のオッサンが利用するにはあまりにも滑稽だが、聴覚攻撃から逃れられるなら、見てくれはどうでもよかった。ワイヤレスイヤホンの効果は絶大で、会社では欠かすことのできないアイテムとなった。
因にこいつへの「坊主憎けりゃ〜」現象がはじまったのは、つい最近のことだ。それまでこいつには仕事もなく、一日中漫画を読んでいるだけの存在だった。だから気にはならなかった。けれど、ちょっと仕事を任されるようになって、俄に自分の存在をアピールするようになってから鬱陶しさが際立つようになった。いまや何もかもが気に入らないし、大嫌いである。はぁ、メンドクサイ。
でも、ちょっと気づいたことがある。こいつの席の近くにいる同僚たちのイヤホン使用率がものすごく高いのだ。観察してみると、こいつが誰かと電話しはじめると、そそくさとイヤホンを装着している。どうやらこいつを嫌いなのは私だけではなさそうだ。ただうるさいからなのか、「坊主憎けりゃ〜」の概念が働いているのかは、いまのところ確かめようがない。何はともあれ、今日も私は目を細め、ピンクのイヤホンを装着しながら仕事をしています。